改めて卒業の感動を

TTMゆいの中野むつみです。

卒業って、
不思議な感情がわきますね。

私は、
去年の春くらいから、

ものすごーく
たくさん持っていた役割を

少しずつ断舎離して、
身軽になって来ました。

友人が、
そんなに無くして、

どーすんの?、
と驚くほどでした。

でも、
本当に名刺の種類が

多くて、
名刺がない役割もあったので、

それはそれは、
すごかった。

でも、
役を降りて

次の方達に渡したら、
それはそれで、

次の段階に
物の見事に発展するわけです。

良かったなあ
と思いましたが、

実は、
そこに寂しさも

あったわけですが、
根がいい格好しいだから、

そんな素振りも
見せないわけです。

ただ、
長く付き合ってる後輩たちは

それを察して、
今年のその会の新年会では、

まるで
クジで、

引いたかのようなリアクションで、
私に締めの挨拶をさせてくれました。

とても嬉しかったです。

私は元々、
見栄とか世間体で

役割を引き受けることは
有りません。

必ず、
ちゃんとやります。

一見、
名誉職か?と思うような役職でも、

意見を言いすぎて、
たしなめられるほど。

だから、
役を降りるって、

それなりの寂しさが
あるはずなんですが、

まあ
押し隠していたわけです。

それが今回、
それ!降りちゃうの?、

みたいな役を
降りることにしました。

それは、
その役を降りることが

必ず、
その会にとって

大きな発展に繋がると
確信をしたからです。

で、
降りた私はどーすんの?

ですが、
必ず次の道に進むはずです。

今まで、
どんな時も

留まっているということは
なかったから。

でも、
そう決めた後の心境は

まさしく
卒業の時とそっくりでした。

それも、
青春真っ盛りの

看護学校の卒業です。
学びの友との別れも、

寂しかったけれど、
サークルの仲間との別れも

寂しかったですね。
私は室蘭の看護学校を

卒業しましたが、
サークルは室工大と一緒。

勉強してんだか
サークルに行ってんだか

わからないような感じでした。
もちろん、恋もして失恋もして、

楽しかったなあ。
私が室蘭を去る日、

仲間たちが駅のホームまで
送ってくれました。

最高の別れでした。
これ以上の別れは

人生の中でもうないと
思いました。

列車の中で
大泣きしました。

あの涙は
なんなのか。

その3年間の思い出や
経験の素晴らしさ、

仲間と離れることの
寂しさ、

でも、
飛び立つ事の必然。

あらゆるものが
入り混じり、

私はなんと
素晴らしい青春を送ることが

できたのだろうか、
という感動。

そんな感じでしょうか。

今、まさかこの歳で
同じ経験ができるとは

思ってもみませんでした。
本当の断舎離は、

こういう感動が
あるものなのかなあ

なんて
一人思っています。

TTMゆいの中野むつみでした。