感情の貯金?

TTMゆいの中野むつみです。

自分の感覚に、
確信を持った昨日。

って、
大袈裟だけど。

私の母は、
アルツハイマーで

真駒内の有料ホームに
いる。

あれは、
4年前くらいだっただろうか。

実家で一人暮らしの母の
様子が変だと姉が言い出し、

こんな時、
元看護婦ほど、

たちが悪いものはなく、

あらゆる知識を使って
否定的に動く。

自分の母が認知症とは、
認めたくないらしい。

結局、
あーだのこーだの

あったが、
今のホームに入ることになった。

それから、
私はほぼ毎週、

母のところに
顔を出した。

うちの三女や孫が
一緒のこともあった。

ホームのすぐ近くに
母が好きな六花亭の

喫茶室もあり、
『6人さまですね!』

の常連にもなったけれど、
母はいつも、

『まあ!六花亭!
しばらく行ったことないわ!

嬉しい!』
と、言っていた。

だから、
私たちが毎週訪れていることも

覚えていないのだけれど、
なんとなく、

コトやモノは忘れても、
楽しかったこと、

嬉しかったことは、
覚えている気がした。

もっとも、
どんどん表情が乏しくなり、

もしかして、
もう感情も覚えていないのかしら?

と、
思っていた矢先、

コロナが現れて、
ホームは面会禁止となった。

仕方がないと
思ったが、

唯一の救いは、
会ったことを覚えていないのだから、

会えない事を
嘆かないだろうと

思えた事だった。

それから
5ヶ月がたち、

昨日、
私、夫、三女が

久しぶりに
面会に行った。

ただし、

テーブルの真ん中に
ビニールが張られ、

面会人は2名のみ。
もちろん、マスク着用だ。

先に夫と私、
次に夫と娘が入れ替わった。

介護士さんに付き添われて
特別室に来た母は

なんだかしょぼんと
していた。

マスクの私たちに
最初は怪訝そうだったけれど、

一瞬マスクを外し、
『むつみだよ』

と、言うと
泣き笑いをした。

それから25分
母は元気がなく、

泣いてばかりだったけれど、
三女が話しかけると

笑うように努力しているように
見えた。

やっぱり
孫にはおばあちゃんで

いたいようだった。
ビニールがあると言うことは、

母に触れてはいけないのだと、
思っていたけれど、

帰り際、

『手の消毒もしているから
大丈夫だよね!』と、

母と手を繋いだ。
母の右手は私。

母の左手は三女。
母はおいおいと泣いた。

迎えに来てくれた介護士さんが、

『やっぱり
実際に会うのが良いよね。

玉惠さん、
泣いてばかりで。』

と、
言った。

母の背中をさすると、
痩せて

背骨がボコボコだったけれど、
なんだか温かかった。

やっぱり、
会ったことは忘れても、

嬉しかった感情は
覚えているんだ。

そして、
その感情は

嬉しさの貯金に
なっているんだなあ。

だいぶ貯金が減っちゃったから、
せっせと来なくちゃあね。

コトは忘れても
嬉しい感情は心に残っていく。

私の感覚は
当たっていたようだ。

TTMゆいの中野むつみでした。

母の好きなサンダーソニア
と、昨日の真駒内の空