着物に思う

TTMゆいの中野むつみです。

今日で9月も終わり。
単衣の着物は今日でおしまい。

あー名残惜しい。
どうにか一人で着物が着られるようになり、

夏の間は
祖母の形見の絽や紗と浴衣で過ごし、

9月になったら
単衣を着た。

こちらは叔母の形見。
6月も着たけれど、

6月は今より悪戦苦闘だったなあ。
と、思い出しながら、

昨日は、
その叔母の形見の紬を着て、

今日は今年あつらえた単衣。
実はこの単衣、

買った時は夏着物と言われ、
ふむふむと信じたけれど、

単衣とわかったので、
今日も着ることにした。

今時は
色んな織り方ができて、

夏物か単衣かも
わかりにくいらしい。

それでも、
季節感はやっぱり着物にはあって、

それがなんだか新鮮だ。
以前の私なら、

そんなめんどーくさい。
温度に合わせる服が一番!

と言っていたろうに、
人も変わるのね!を、

自分で実感中だ。
変わったといえば、

ついにお能の謡を
習うことになった。

『した。』ではなくて、
『なった。』と言う言い方に、

なんとも自主性のなさが感じられるが、
ふんわり始めるのも

良いかも知れないと
思ったのだ。

これも、
以前の私なら考えられなかったが、

まずはやってみますか。
謡の先生に素質があると

言われたから。
で、

明日、その初練習に行く。
着物は袷だ。

なんと久しぶりかしら。
小豆色の紬だ。

お稽古だから
紬でも良いだろう。

帯はピンクの名古屋帯。
着物も帯も

叔母の形見。
私が紬が好きだから、

紬をたくさん残してくれた。
この叔母と一緒にいることが多かったからか、

私は中学生くらいから着物を着ていて、
ウールの着物も作って貰い、

結構着ていた。
その頃は祖母が着せてくれていた。

私があまりにも着物が好きだから、
コートも作ってくれたけれど、

その頃から外に目が行き出し、
着物を着なくなった。

だから、
コートは手も通していなかった。

コロナで自粛中の断捨離でも、
この十代の時の着物とコートは

捨てることができないでいた。
ら、

古い着物で
傘を作ってくださる方を知り、

今回、
この十代の着物とコートで

二本の傘を
作ってもらうことにした。

手を通していなかったコートは
昨日着て、

生協に行った。
かなり若くなったけれど、

似合っていた。と、思うが。。
やっぱり、

傘にしようと思った。
私は傘嫌いで、

傘をさすなら
濡れた方が良い!方だが、

この二本の傘は
きっと持って歩くと思う。

初めて作って貰った着物。
叔母と一緒に選んだ着物。

コートも出来上がってきた時は
あんなに嬉しかったのに、

どーして着なかったのかしら。
と悔やまれもするけれど、

新品同様なので
良い傘になりそうだから、

きっとこのコートは、
50年後傘になるために

生まれてきたのかも
知れない。

今日で単衣としばしのお別れは
寂しいけれど、

今度は袷が待っている。
叔母の思い出の着物たちだ。

TTMゆいの中野むつみでした。