お節介は大事だ!

TTMゆいの中野むつみです。

私は、
手相に出るほどのお節介らしい。

あれは何年前だろうか。

【玄関から始める片付いた暮らし】著者、
広沢かつみさんの占い付きセミナーに

参加した時のことだ。
なんで片付けセミナーに

占いがついているのだろうか?
は、不思議だったが、

セミナー終了後、
手相を見る方が参加者の掌を見て

一言言う場面があった。
その先生は私の手を見るなり、

『この人は人の言うことは
きかないですね。

そして、
めちゃくちゃお節介!』

まあなんですね。
いくらセミナーに来ても

自分の思った通りにしか
生きられない。と言うことでしょう。

そして、
お節介!いやあホント、当たってる!

かつみさんと顔を合わせて
大笑いをしたっけ。

そしてそのお節介は
年を追うごとに拍車がかかり、

去年のコロナ禍からは、
困っている友人のお店に通う!

を信念に、
定期貯金を崩しても

経済に貢献しようと決めた。
消費に貢献だから、

寄付ではない。
で、

あまりにコロナが長いので
消費貢献は少々下火傾向だが、

先日は、
経営の勉強会のお仲間に

ホテル鹿の湯の
跡取り息子さんがおられるので

夫婦で行ってみることにした。
去年から結構通っているのだが、

行くたびに
このお節介が顔を出し、

料理を少なくした方が良いと思う。
食べきれないよ。

などなど、
意見を言ってしまうのだ。

今回は
予約時点から

残さずに食べられるシニア用を
お願いした。

ら、
応えてくれた!

恐縮だが嬉しかったし
美味しかった!


人気商品になりますように!
だってねえ、

食べられない人がいっぱい居るのに、
食品ロスは胸が痛い。

食べ物も命だし。

そんな感じの私だからか
色んな相談がやってくる。

シングルマザーの子どもがコロナ感染して
お母さんが働けなくなった。

収入がなくなって助けてあげて!

あー私は直接助けられないけれど、
広沢かつみちゃんに聞いてみる!

広沢かつみさんのライフワークは
人助けだから情報がバッチリ!なのだ。

で、今度は、
すすきので働く女性たちが

かなり大変な状況になっていて、
助けてあげて!と言う話が舞い込んだ。

うーん!
広沢かつみさんに聞こう!

で、
教わったのが、

下記のアドレス。

https://corona-support.mhlw.go.jp/shien/index.html

国の補助がある。

申請がめんどくさいなんて
言ってる場合じゃあない。

ホステス以外やったことないから。
なんて言っていないでとにかく申請を!

書けなかったら
福祉協議会に駆け込んだら良い!

みんな親切ですよ!
病気になる前に、死ぬ前に!

と、ついつい
真剣になる。

看護婦時代、
貧困が病を作ると思っていたが、

貧困に負けたら
病がくっつくのだ。

人の目なんか気にするな!

フードバンクもあるんだよ!

https://www.city.sapporo.jp/hokenfukushi/foodbank/foodbank.html

と、ついつい目頭を熱くして
お節介が始まる。

さあて
定山渓の温泉は

どこも必死に頑張っていた。
経営者も働く人も。

私も頑張ろう!
お節介は私のエネルギーの

モトらしい。

TTMゆいの中野むつみでした。

勿体ない座布団編

TTMゆいの中野むつみです。

自分の中の
バッサリ捨てる期が

終わったらしく、
近頃は長く使うに移行した感じだ。

まあなんですね、
捨て切ってスッキリしたんでしょうね。

で、
今回やってみたのは

座布団の打ち直しだ。
私が結婚した頃は、

花嫁道具の一つとして
座布団を

娘に持たせる風習が
残っていたらしく、

母は私に10枚の座布団を
持たせてくれた。

普段使い用の座布団5枚は
少し綿の厚みが薄く

座布団生地もお客様用とは
少し違った。

当時私は看護婦をしており、
とても人様を

迎え入れるような生活は
しておらず、

母に、
『要らないと思うよ』と

小さな声で言った気がする。
ウキウキと花嫁道具を揃える母に、

毅然と拒否する言葉は
言えなかったのだ。

その10枚の座布団は
時折使われたが

その大部分は
押し入れの中で

ぺっちゃんこになりつつあった。
そんな時、

私が所属する小樽のNPOで
旧寿原邸の利用時、

座布団があった方が
良いということになり、

実家の座布団と
我が家の座布団7枚を

預けることになった。
残り3枚は、

我が家の居間に残した。
和室がないマンションなのだが

歳と共に
座って夕ご飯を食べるようになり、

フローリングの上に座布団は
必要だったのだ。

で、
今年の暑い夏、

気がついた。
あんまり使っていないとは言え、

この座布団、
43年もの間、

私たちの汗を吸っていたのね!
よく見ると、

普段使い用2枚は
生地が依れて

一枚は穴が空いていた。

カバーをかけていたので

気がつかなかったのだ。
よし!

布団の打ち直しに出そう!

宮崎県だが
布団屋さんの知り合いがいる。

松田さんというその彼女は
家業の布団屋を継いでいた。

自分の店で
布団を作っているのだ。

もちろん
打ち直しもしてくれる。


今時びっくりだが
宮崎だから成り立つのかも知れない。

前の私だったら、
捨てよう!と、

すぐ思った。
だって、送料を考えたって、

ニトリやイオンで買い換えた方が
安いだろう。

でも、まだ使える綿だ。
昔日本は世界の中でも有数の

綿花生産国で
ずいぶん輸出をしていたと聞いた。

織物も盛んで
日本の綿花は良質だったらしいが

インド綿が出てきて
ほとんど栽培されなくなったらしい。

我が家の座布団の綿が
日本製とは思えないが

まだ使えるものを
捨てるのが急に

もったいなく思えたのだ。
もう結構、

布団を捨てた後だったが。


打ち直しがされて
新しい生地に収まった座布団が

宮崎から帰ってきた。
夫用は青、私用は黒っぽい花柄、

赤は私の部屋用だ。
座布団はフカフカだけど、

しっかりしている。
まだまだ使えそうだ。

宮崎の松田さん、
ありがとうございました!

TTMゆいの中野むつみでした。

のびのびと歌!

TTMゆいの中野むつみです。

明日は歌のレッスンだ。
めぐみ先生は東京から来られるので、

超久しぶり。
今朝からワクワクして、

明日の着物選びをした。
めぐみ先生は三十代半ば?

背が小さくて
目がまんまるで

形の良い可愛い鼻が
アクセントの

素敵な女性だ。
でも、めぐみ先生をイメージすると

可愛い着物になったことがない。
明日は、

ストライプの
染め紬にトンボの帯にした。

コロナになって、
オペラもコンサートも無くなって、

めぐみ先生は
とても困っていたけれど、

『そうなんだけれど、
やっぱり前に進まないとね』と、

前回仰っていたのを
思い出したのだ。

帯締めは
細いけれどキリッとした紺。

帯留めは富士山にした。
パートナーが静岡出身で

静岡でも教室を持っている
バリトンなのだ。

二人でオペラにも
出るらしい。

早々に明日の着物を決めたら、
私は稲富鍼灸治療院で

体のお手入れ。
何せ、色々飛び回っているので、

体のお手入れは
欠かせない。

で、
その帰りに

母のところに持っていく
お菓子を買って、

メッセージを
地下鉄を待ってる間に書いて

袋に貼った。

私はムーミンが好きで、

特に
リトルミーが大好き。

あの
時々する意地悪そうな顔が

自分と重なるのかも
知れない。

それにしても
習い事が苦手な私が

よく歌のレッスンは
続いていると思う。

多分、
決まった練習本もなく、

特にめぐみ先生が
好きな歌を歌いましょう!

の感じで、
私がさほど歌に興味がなく

発声練習を好んでいると
これまた楽しく発声練習を

してくれるからだ。

私は決まったものを
練習を繰り返して進むことが

苦手なのだと
昨日の臨床美術をやって

気がついた。
だから、

謡のお稽古や
多分茶道や華道もダメだ。

小さい頃ピアノを習ったけれど、
バイエルまでがやっとやっとだった。

めぐみ先生の発声練習は
私の欠点克服法を

その時の私の状態に合わせて
色々変えてやってくれる。

だから、
続けられるのだ。

私は
よく学校を卒業したと思う。

小学校の成績は悪かった。
学校は苦痛だった。

なんとか3は確保したが、
体育音楽図画工作は散々だった。

でも、
姉も叔母達も同じ中高一貫校だったので、

私も塾に行って
特訓したら合格した。

病気で一年休学し
遅れて入学したけれど、

もしかしたら
その学校の先生方の授業が

肌に合っていたのかも
知れない。

一番好きな授業は
板書を一切せず

資料もない
自分のペースだけで話す先生の

授業だった。
歴史の先生だったかな。

窮屈が本当に
苦手なのだなあ、私。

66歳にして
窮屈な自分をやめて

のびのびしていられるのも
夫のおかげだ。

あっという間に秋になりそう。

お日様はどんどん南から
昇っている。

TTMゆいの中野むつみでした。

女性の生き方を模索して

TTMゆいの中野むつみです。

本格的にインタビューを始めて
丸一年。

随分多くの方にご協力をいただき、
アップ数も30人になった。

ありがたい。
何処の馬の骨かもわからない私に

色々なお話をしてくださった。
感謝しかない。

が、
昨日はアイムの山谷 恵美子さんが

私の話を聞きに来て
下さった。

どうして
TTMを作ったの?

経営理念は何?
みたいな感じだ。

本当は話すことが大好きな私だから、
いっぱい話して満足満足。

場所は我がマンションの
私の部屋!

と思ったが、
座布団に座るしかないので

居間で話すことになった。
もちろん、私は着物だ。

どなたかにお会いするときは
いつもお相手のイメージで

着物を決める。
昨日は薄いグリーン着物に

紫の帯。
ヨットが刺繍してあって

新しい門出の方に
締めることが多い。


恵美子さんも
これから新しい船出があるようだ。

そして午後からは
旭川に向かった。

こちらは
私がインタビューをさせて頂く。

事前インタビューから
2週間が経っている。

さてと、
どう言う感じで聞いていこうかな。

作戦は大体前日に立てる。
多分人間って、

無意識のうちに、
いろんなことを考えたり

纏めたり
しているのだと思う。

なので
2週間の時間が経って

もう一度
インタビューのメモを見ると

事前にお話をお聞きした時より
もっと、なんと言うのかな、

深く感じることができて、
やっぱりこれだな!と、

お聞きする筋が
はっきりするのだ。

今日、
インタビューを受けてくださるのは、

畠山晃美さん。
そうですね、

『今日は
シングルマザーと言う女性の生き方を選んだはしり、

とでも言いましょうか、
自分を見つめて真っ直ぐに

二人の子どもに
力を貰って生きてきた女性、

畠山晃美さんのお話を
お聞きします!』

と言う出だしになるかなあ。

畠山さんは
名寄と言う旭川よりもっと北の生まれだ。

高卒で仕事につき、
あ、続きはYouTubeで見てね。

絶対、本人のお話の方が
面白いから。

畠山さんは今、
臨床美術と言う新しい分野にも

挑戦している。
なんでも、

絵を描くことで
心が解放されて

本当の自分になっていくらしい。
せっかくなので、

インタビューの前に
私も一緒に絵を描いてみることにした。

私は子供の頃から
絵を描くことに全く興味がなく、

描きたいと
思ったこともないから、

犬を描いているのか
猫を描いているかも

わからない絵しか
描けないが、

なんだか
これは面白そうだ。

ちなみに
私が今日着る着物は

淡い色のお召。
畠山さんのイメージだ。

帯はトンボ。

トンボも
新しいことを始める時に

縁起が良いらしい。

新しい女性の生き方を
選んできた畠山さんのお話、

乞うご期待である。

TTMゆいの中野むつみでした。

小樽買い出しの旅

TTMゆいの中野むつみです。

今朝、
急に小樽に行きたくなった。

それも
南小樽市場。

多分だけど、
そろそろシャコが並ぶ頃だ。

私はシャコは好きではないが
夫は大好き。

連れてって!
と頼んだら、

『ホント、お前は
じっとしていられないんだね』

と、夫は言いつつ、
小樽までのドライブ決定。

すでに
12時を回っていたけれど、

『市場に行ってから
薮半でお蕎麦を食べようよ』

と、なった。
我が家は南区川沿なので、

小林峠を抜けて
西区から高速に乗って小樽へ行く。

時期が時期なので
今日は小樽散策はせず

買い物とお昼だけに
することにした。

が、
なんと

南小樽市場は休みだった。
そうだ、思い出した。

日曜日にやってる市場は
限られている。

新南小樽市場はやっていることを思い出し、
いざ!

新南小樽市場は初めて行くが
一時近かったから

だいぶ商品が減っていたけれど、
むき身になったシャコ、

むき身になったズワイガニ、
と、銀だらの粕漬けを買った。

魚屋のお兄さんに
『甘エビ、美味しいよ!』

と、
勧められたけれど、

『剥くのが面倒だから』と、
断った。

美味しいのに、、
と、後ろからお兄さんの声が聞こえた。

たしかに
プリプリと太った甘エビが

山盛りで500円。
普通の主婦は買うだろうな。

と、
むき身になったシャコとカニを見る。

さて、
狙ったものはすぐ買えたぞ。

次は
薮半でお蕎麦を食べて

帰りましょ!
昼過ぎだから空いているはず。

と、
思ったけれど、

これが当てが外れ、
『45分前後お待ち願えますか』

はーい!
と、携帯電話番号を伝えて、

少し散歩しようよ。
と、夫を誘った。

雨が今にも落ちてきそうな感じだが、
30分くらいなら大丈夫でしょう。

薮半から往復30分なら
梁川通りの稲垣さんのお店に行こう!

稲垣さんは
切子ガラス工芸家で

小樽梁川通りに工房を構えていた。
昔の商店の再利用なので、

ガラス工房なのに
あおば模型店と書かれてある。

稲垣さんのグラスは
ウポポイのミュージアムでも販売している。

残念ながら
稲垣さんはおらず

店の前で写真を撮って
戻ることにした。

同じ道を通っても面白くない。
と、夫が言うので、

道を一本ずらす。
それだけで景色が変わるから

小樽は面白い。
ちょうど薮半の近くまで来た時、

携帯がなった。
『席が空きました!』

薮半は久しぶりだ。
夫は天ぷらのザル。

私はかけ蕎麦と
焼き海苔を頼んだ。

それと
焼き厚揚げ。

これが美味しい!
『次は泊まりできて一杯だね!』

薮半の蕎麦屋の一杯は
本当に美味しいのだ。

夫が、
お品書きの後ろに書かれている、

薮半と小樽の歴史を読んでいた。
『面白いな、小樽』

はい
面白いのでハマったのですよー

さて、
今日の夕食は

シャコとカニ酢かな。

買い出しの小樽旅、
是非どうぞ!

TTMゆいの中野むつみでした。

菊の節句

TTMゆいの中野むつみです。

今日は節句の一つで
菊の日?と、Facebookで知り、

菊の花を買ってきた。

なんでも、菊が邪気を払ってくれるそうだ。

以前、
私は菊が嫌いだった。

実家が神道だったから
菊が家に飾られることがなかったからか、

仏壇を連想するからなのか、
よく理由がわからないけれど、

菊の花が嫌いだったのだ。
そして、

もう一つ嫌いだったのが、
切り花の青物、と言うのだろうか、

葉っぱだけの切り花。
切り花なのに花がないのが変だけど。

それが気がつくと
菊の花も嫌いじゃあないし、

グリーンと呼ばれる切り花の葉っぱも
好きになっていた。

嫌いだった理由もわからないけれど、
好きになった理由もわからない。

我が家には
2週に1回花が届く。

宮村さんと言う三女の友人が
届けてくれるのだ。

ずっと、
菊とグリーンは嫌いと言っていたので

花ばっかり貰っていたけれど、
今はグリーンも入って

気持ちが良い。
好きだとか、嫌いだとかは、

きっと自分で決めつけているだけ、
なんだろうなあ。

なんて66歳にして
思っている。

そう言えば
気がつくと人嫌いはなくなった。

不誠実でずるい人は嫌いだが
そもそも私の周りから

そういう人は
居なくなった。

だから、
嫌いな人がいないのかも

知れない。
なんだか心の窮屈さが

どんどんなくなる気がする。
この【心の窮屈】という言葉は、

来週
インタビューの本番をする、

畠山さんが使っていた言葉で、
とてもわかりやすい言葉だと思った。

私も心の窮屈さがどんどん消えて、
家にいる時も着物を着るようになった。

ただし、
普段着に近い着物だ。

夏場は浴衣で良かったけれど、
昨日は木綿の絣の着物を着た。

これも叔母の形見、
帯は博多の半幅帯、

昔のものは
半幅の幅が今より細いけれど、

ちょこっとずらして締めれば
帯板も出ない。

そして今日は
整形的一病息災の受診日だ。

受診して薬をもらうだけの日なので、
病院にも着物を着て行った。


病院で着物は初だ。
普通は検査で脱いだり、

内科だったら診察があったりするが、
本当に薬を貰って次の診察日を決めるだけ。

だったら、
着物でも良いじゃん!

そんな感じだった。

そうだ!
こんな窮屈もなくなった。

病院の帰り、
母に届けるお菓子を買おうと

三越に行ったら、
お買い物袋を持っていなかった。

前だったら、
レジ袋を買うのに

すんごい抵抗感があったけれど、
今は、

忘れちゃったんだから
仕方がないや!

レジ袋、下さい。
と、すぐ言える。

そしたら店員さんが、
『紙袋でしたら無料です』と、

紙袋に入れてくれた。
ラッキー!

今日は菊の節句
邪気が家から

どんどん消えていく気がした。
TTMゆい中野むつみでした。

人生初!

TTMゆいの中野むつみです。

インタビューをするようになってから、
めちゃくちゃ世界が広がった。

元々友人は多い方だったけれど、
自分にかけていた枠が無くなった感じだ。

その一つが、
お能の世界。

去年の今ごろ
お仲間の柴山さんに誘われて、

浴衣会と言うお能の発表会に行ったのが、
お能に関わる一歩だった。

私は昔から
習い事が苦手だった。

まあなんですね。
習い事は熱心に練習することが基本だからなあ。

夫にも、

『うん、俺もお前は
習い事に向いてないと思うよ。

だって、
練習しないもの』と言われる始末。

だが、
インタビューをさせて頂くなら、

習うしかない!
みたいな感じで謡を習い始め、

一応
一年続き

昨日の日曜日には
浴衣会があったのだ。

このご時世なので
人は呼ばず、

会の中だけの発表会。
とはいえ、

いやああ
全く練習をしておりませんぞ!

謡は、
日本のオペラなんだそうで、

一曲の中に
主役の人、準主役の人、

脇役の人、
解説の人たち、

の謡があって、
物語になっている。

と言うのが、
今回、初めてわかった。

まずは、
曲の抑揚を覚えるだけで

いっぱいいっぱい。
おまけに、

ここだけの話、
きっと中止になるわ!

なんて思って、
練習もしていない上に、

東京から
梅若流角当行男先生が

出稽古に来てくださる予定の3日も
旭川でのインタビュー本番を

入れていた。
本州から旭川の永山に

家族で移住してきた松本さんの
インタビューだ。

まだ三十代の松本さんのお話は
本当に面白くて、

北海道民の私たちは
いかに北海道の宝を当たり前と

思いすぎているかが
よくわかるものだった。

が、
4日いちにちの稽古で

本番に臨むことに
なってしまった。

やばいなあ

とにかく
4日は一生懸命やろう!

で、
先生の前に行くと、

本番前の練習は
本番と同じにするので

主役の弁慶役は私だが、
お供役の先輩のKさん、

牛若丸役の同期のKさん、
そして、

解説役の合唱みたいなのが
皆さん、みたいな感じで

謡を合わせるのだ!
ぎゃ!やばい

謡の本は、
役ごとにセリフが分かれているわけではない。

一行の真ん中から
急に私の番!

みたいな感じだから、
牛若丸役まで謡っちゃう!

状態。
いやああ

でも、
先生は、『まずは大きな声で謡なさい。』

『中野さん、
それじゃあ弁慶の家来の家来だよ!

大きな声で!』と仰るので、
よし、それならできる!

と、自信を持ち、
日曜日の本番、

一番最初の出番で
一番最初に謳う。

よし!
と、大きな声で謡いだしたが、

あれ?
抑揚がうまく出てこない!

あ!歌詞、読み間違った!
だったけれど、

とにかく大きな声で謳うことが
できた。

いやああ。
誰にも写真を撮って貰わなかったので、

我が謡の場面は残っておらず、
良かった!

来年は先輩たちのように
謡いたいと一応続けるつもりである。


TTMゆいの中野むつみでした。

女性が生きるコト

TTMゆいの中野むつみです。

8月最終日
夏着物も最後の日。

さあて
どの着物を着ようかな?

と、
タンスをのぞいていたら、

天から
おばあちゃんの声が聞こえた。

『むつみ、今年は紗の着物、
一回しか着ていないよ』

そうだった。
おばあちゃんの形見の紗の着物は、

少し地味で
ついつい、リサイクルの

和ものや傳で買った着物を
着ていた。

そうかあ、
おばあちゃんは寂しかったんだ。

なんだか
龍角散の匂いがした。

おばあちゃんの匂いだ。
そうだよね、

今年の夏着物最終日は
やっぱりおばあちゃん着物にしよう。

帯は、
我が夏帯人気ランキング1位の

にゃんちゃん帯にした。
夏帯は9月まで締められる。

で、
出かけた先は生協。

夜には
東大教授上野千鶴子さんの

特別講演を聞く予定なので
体力温存で近場しかいかなかったのだ。

おばあちゃんの着物を着たら
なんだか心が優しくなった気がした。

が、
夕方早めにシャワーを浴びて浴衣に着替え、

準備万端で講演を聞いた。
これがzoomの良いところ。

なんとなく上野さんって
昔のウーマンリブイメージがあったのだが、

実際は
明るく美しい人で

たしかに
ズバズバ言うけれど

どこか
ユーモラス。

ただし
社会学だから

統計などを使いながら
スッキリわかりやすく話してくださる。

気持ちの良い話で、
100%共感。

どうも私は
上野先生の一部を見て

決めつけていた感があったと
お話の途中で気が付いた。

そして、
私は自画自賛をした。

だって
先生が仰っていたこと、

『男の子には浪人をさせたり
県外の大学に入れたり、

教育にお金をかけるのは
それが投資になると思っているから。

女の子にはさせないでしょ?』

いえいえ、
我が家の娘たちには

浪人もさせて
道外の大学にも入れましたよ!

まあ浪人は、
高校時代からもっと勉強せんかい!

だけど、
浪人して学力を伸ばして

本州の大学で
北海道でとの違いも学ばせ

一人でも生きていける経済力を
持たすことができたのは、

素晴らしい投資だったと
我が決断を密かに褒めた。

また、
『子どもは学校で無意識に

偉い人は男性と思うようになる。
それは学校の校長や教頭が男性だから』

と言う話では、
あ!そうか!

私は中学校から女子校で
校長先生はシスター。

だから、
女性がトップに立つことに

なんら抵抗感がないのだ。
これは大きなことだわ。

全ては自分が決めるのだけれど、
外部環境の中で無意識に思うことは

気が付かないのだ。

また上野先生が使っていた統計数字は
今まであまり世間に

陽の目を見ないものが多くらしく、
え!!!そうなの!

も多かった。

今日は旭川で
シングルマザーでしっかり生きてきた女性の

事前インタビューだ。
外部環境の罠にはまらない生き方を

聞かせて貰えそうである。

TTMゆいの中野むつみでした。

一番ありがたいことかも知れない。

TTMゆいの中野むつみです。

昨日は、
ホームにいる母との面会日。

ホームの職員の方が、

『28日に面会予約を頂いていましたが
緊急事態宣言で27日から

また面会ができなくなります。
26日の3時でしたら

まだ空きがります。』
と、連絡を下さって、

急遽面会に行くことになったのだ。
私の母は一人暮らしだったけれど、

アルツハイマーになり、
我が家から車で10分くらいの

介護付き有料老人ホームに
5年前から入居している。

この一年半、
会えなくなったり、

会えても
ビニール越しだったり

色々だけど、
会ったことは忘れても

会った時の喜びは蓄積されていると
感じたので、

会えない時も、
メッセージカードを付けて

毎週お菓子を届けたりしていた。
が、

それがまた始まるのだなあ。
昨日は天気が良かったので

母のホームまで
真駒内公園を抜けて

歩いて行くことにした。
この公園は、


札幌オリンピックの時に
作られている。

手入れも大変だと思うが
公園内に歩くコースというのか、


まあ走っても良いですが、
みたいな感じで、

5キロコース
3キロコースがあって、

昔、子どもが小学校のマラソン大会で
5キロを走るというから、

練習で私も5キロコースに挑戦し、
寝込んだことがある。

あの時から
美しさが変わらない公園だ。

いや
樹々は成長し大きくなっているから

もっと素敵な公園に
なっている。

ホームに着くと
母はレクレーションを抜けて、

面会コーナーに来てくれた。
毎回、『六花亭には行けるの?』

と、聞いてくる。
ホームの近くにある六花亭の喫茶室を

覚えているのだが、
コロナで行けないことは

忘れてしまう。
早く連れて行きたいなあ。

15分の面会時間は
すぐに終わった。

母は何度も
『ここに居て本当によかった』

と、言っていた。
ホームの職員の皆さんも

とても優しくて
明るい。

5年前に入居した時は
同じ建物内にある1LDKの

大きめの部屋だったが
認知症が進み、

介護付きに移ったのだが、
人見知りの激しい母で

慣れるのに時間がかかり、
随分心配していたが、

この頃は
すっかり自分の居場所に

なったようだ。
母の住所は、

今も実家のあった場所になっている。
そこに父が創業した会社があるので

住所を置いておくことが
できた。

なんだか
ホームを住所にするのが

私が嫌だったのだが、
それは私の心の問題で

母はきっと
今のホームに住所を移しても

全く問題ないのだな、
と、昨日初めて思った。

母はホームの介護士さんに手を引かれ、
ちょっとだけ私に手を振ってくれて、

介護棟に戻っていった。

またしばらくは会えないけれど、
『どのお菓子も美味しいよ』と、

言ってくれたから、
また運ぼう。

ホームの職員の皆さんに
感謝である。

TTMゆいの中野むつみでした。

旭川で思うこと

TTMゆいの中野むつみです。

去年の8月30日から、
私の旭川通いが始まった。

と言っても、
最初はそのつもりはなかったのだ。

一昨年の11月に
1回目のインタビューを開始し、

さーて、
これからどうやってゆいトークを広げよう!

と、思っていたら、
コロナが!

おいおいどうする?
このまま引っ込むのか?と、

悩んでいたら、
無料にしたら良いよ!

と、
助言してくださる方がいて、

それもそうだわ。
誰も中野むつみを知らないのだから。

とはいえ、
無料と言ったって、

何処の馬の骨かわからない私に
誰が話をしてくれるのだ?

と、考えたが、
いやいや、

私がお話を
お聞きしたいと思っている方に

素直にお願いしてみよう!
まずは、

旭川の女性経営者の大先輩、
鈴木栄子さんに、

ズーズーしくも

インタビューをお願いしたら
快く引き受けてくださったのだ。

本番は
旭川の老舗旅館扇松園で

行うことになった。
で、

私は扇松園の女将さんに再会し、
ここから旭川通いが始まるのだが、

そこんところは
近日漫画付き本でご紹介予定。

なのだが、
このコロナは、

その旭川通いも
中断させる勢いだ。

本当は、
8月21日から

旭川美瑛に福井の大先輩たちと
行く予定だった。

福井の女性経営者の大先輩
奥村さんは、

大の三浦綾子ファン。
なので、

氷点橋を渡って
三浦綾子記念館行き、

三浦綾子を満喫して頂いたあとは、


三浦綾子の小説にも登場する扇松園に宿泊し、

多いに呑んで
語ろうと思っていたのだが、

あー残念。

ちょっと話は変わるが、
私は三浦綾子さんの小説は実は苦手だ。

思うに、
三浦綾子ファンは

皆さん
超ネアカというか、

本当の意味で
楽観的に前向きに生きることが

できる人なのではないかと
思う。

私はそこまで
ネアカではないらしく、

ずっしりときちゃうような気がする。

まあそれはさておき、
旭川は素敵な街だ。

大雪山系を始め、
北海道の山々に囲まれて

空気も水も
最高に美味しい。

夏は暑いけれど
カラッとした暑さだし、

冬は寒いけれど
風がないから

キーン!という寒さで、
気持ちがスキッとする。

雪は溶けずに積もるので
固まった雪はキューブ状になる。

車をちょっと走らせたら、
美瑛や富良野だ。

そういえば、
上富良野から見た十勝岳も

好きだなあ。
昔、仕事で

上富良野の養豚場に行ったことがあるが、
こんな美しいところで育った豚さんは

健康で美味しくなるだろうなあ。
なんて思った。

私は
北海道は大雪山系をはじめとする山々で

命を繋いでいる気がする。
美味しい水と空気を作り出している山々。

大切にしたいと
旭川に来るたびに思う。

TTMゆいの中野むつみでした。