自分が美しくなることにお金を使うことが普通の時代!

TTMゆいの中野むつみです。

昨日は久しぶりに
札幌で事前のインタビューを行った。

何故か
旭川上川方面の方々のご縁が続き、

私はどこに住んでいる?状態だったので、
私は札幌人、

札幌の方のインタビューも
そろそろしたい!と思ったら、

ご縁が生まれた。
インタビューをさせて頂くのは

平田陽子さん。
平田さんは、

女性が美しくなって、
その美しさを年齢を重ねるごとに

味わいある美しさに変化させる
美容師さんだ。

ただし、
ヘアメイク、着付け、エステが専門で

カットやパーマをしない。
特にメイクには力を入れていて、

メイクセミナーも
メニューがいっぱいある。

ふーむ
と、

お話を聞いていて
考えてしまった。

私は、
女性に美を求めるのは

女性差別だ!なんて思っていた人。
まあ昔はそういう女性も居たのですよ。

だから、
すっぴんこそ美!

なんて思っていたからか、
単に楽だからか?

全く化粧はせず、
おしゃれも外勤のみの

時代が長かった。
お陰で今でも化粧は下手だ。

ただ、今は、
女性経営者の先輩に、

『化粧も服装もお会いする方への
思いやりですよ』と教えてもらい、

心を改めて
美容院にも通うようになったが、

平田さんのように、

『自分が美しくなっていくと
皆さん輝いてこられるのですよ』

と言う言葉は、
うーん、そうだけれど。。。

と、
中々すんなり心に落ちなかったのだが、

2時間ちょい
平田さんのお話を聞いていて、

時代は明らかに変わっているのだ!
と実感してきた。

平田さんを私に紹介してくれたのは、
お片付けのプロ廣澤克美さんだが、

廣澤さんが
そのお片付けのプロを目指すと言った時、

私は、
『それで食べられるとは思わない』

と、
言ったが、

彼女はそれで食べるだけでなく、
多くの人に物の整理だけでなく、

頭の中の整理まで教えている。

多分、
時代の先読みをする人たちは、

え?そんなものに
誰がお金を使う?

みたいなことを
商品として売り出していくのだと思う。

メイクの仕方を
お金を出して覚える。

結婚式じゃあなくても
大事な日には、

プロにヘアメイクをして貰い、
時にはエステをして

美しく気持ちよく!
にお金を使う。

よく考えたら、
美味しいフレンチを高いお金を出して

食べるのと一緒だ。
美味しいのはほんの一瞬。

美味しいと言う満足と
時には空間時間を買うのだから、

美しくなった自分が嬉しくて
ワクワクする時間と

ゆったり綺麗になる
エステの時間を買うのも

一緒の気がした。
いや、エステは綺麗が持続するから、

美味しいものを食べて
太るより良いかも!

さて本番は
私の美しさビフォーアフターを

平田さんにお願いする。

いつまでも美しくなりたい気持ちは
必要かも?と、

心が動いたようである。
写真は平田陽子さん、私、廣澤克美さん。

TTMゆいの中野むつみでした。

神様の伝言?

TTMゆいの中野むつみです。

昔は神様なんていない!
と思っていたけれど、

人生色々のうち、
今は神様はおられると信じられる。

例えば、
あれは今月の13日のことだった。

朝目覚めると
なんだか急に、

お父さんが亡くなったのは
何年前だっけ?

と思った。
父は神道だから、

御霊様になって
我が家にいるが、

御霊様は白木に
名前や亡くなった日付が

書かれている。
どれどれ、

と、
父の御霊様のカバーを外して

亡くなった日付を見てみたら、
やば!

今年は15年祭だ。
神道の法要は、

満で数えて
一年祭、五年祭、十年祭、

そして、
十五年祭となる。

いやあ失敗した。
父の命日は8月だ。

お父さん、
ごめんね!

と、
慌てて神社に電話をしたら、

コロナで命日にお祀りを
できないうちも多いのだとか、

構いませんよ!

と神主さんに言われ、
ホッとして21日に神社でお祀りを

して頂くことになった。
何せ、

父の父は樺太で神主だったけど、
私たちには宗教は強要しない祖父母や父で、

私はカトリックの女子校に行ったし、
なんかよくわかんない!けど、

そう言う式たりは
やっぱり大事だと思うので、

神主さんに
揃えるものを聞いて

まずはホッとしたが、
それから数時間後、

父の一番下の妹、
私の叔母が危篤だと連絡があった。

面白い叔母で
苦しさも明るさで乗り切る人だった。

夏に電話で話したのが
最後。

従兄弟は二、三日だと言っていたが、
翌日の朝、

亡くなったと連絡があった。

叔母の葬式には、
父のすぐ下の妹の形見の喪服を

着ることにした。
私が着物を着るようになったのは、

この叔母から形見の着物を
たくさん貰ったことがきっかけだけど、

喪服だけはまだ着ていなかった。
喪服に付いている家紋は

下り藤だ。
叔母の実家、私の実家の家紋だ。

亡くなったおばちゃんも
この紋を見たらほっとする気がした。

おじいちゃんの家紋だもん。
葬儀ではあまり涙が出なかった。

なんだか泣いたらおばちゃんが
悲しむ気がした。

むつみ!泣かないで!
私は幸せだったのだから。

そんな叔母の声が
聴こえてきそうだったから。

叔母の初七日と
父の遅ればせの十五年祭は同じ日だった。

神社の祭壇には
お供えもち、お頭つき魚、

野菜、お菓子、果物
お酒を供えた。

それらは
父が好きだった三越で買った。

少々高かったけれど、
十五年祭を忘れた償いだ。

お祀りが始まる前に
おみくじを引いたら

吉だったけれど、
ものすごく良いことが

いっぱい書かれていた。
失せ物が出てくるとあったので、

どこを探しても見つからないみがき君を
もう一度探してみた。

隙間に挟まっているなら
引き出しの奥?

もちろん何度も見ている場所だが。

あった。
挟まっていた。

なんだか神様が
みんな教えてくれた気がした。

TTMゆいの中野むつみです。

縁で結ばれている?

TTMゆいの中野むつみです。

人の縁って
不思議だなあ。

と、思う。

先日、
美瑛の佐々木良榮さんのご紹介で

比布のワークサポートフレンズの
亀海さんをお尋ねした。

事前のインタビューだ。
初めてお会いするので、

あちらも
こちらも

少々緊張していたが
お話をお聞きするうち

何やら心が通じ合うようで
すっかり亀海さんのお話に

相槌やら
笑顔が止まらない。

で、
びっくりするようなところで

共通の知り合いの名前が
出たりする。

それも小樽の人だ!

なんで比布の方のお話をお聞きしていて、
小樽の人たちが出てくる?!状態。

不思議。
まあそんなこんなで

緊張がほぐれて
良いお話が聞けたのだが、

亀海さんは
精神障がい者の就労支援を

お仕事にされていて、
そもそもは、

佛教大学で福祉を学び、
京都の岩倉にある病院で

精神保健福祉士として
働いていた所から話は始まるのだが、

『一番記憶に残る患者さんのことを
教えてください。』

と聞くと、
亀海さんは、

『たくさんの患者さんが
思い出されますが。。』

と言いながら
一人の患者さんのことを

話してくださった。

『京都の下町みたいな商店街で
いつも傘を振り回すおばちゃんがいて

強制入院になったんです。
入院しても誰それ構わず攻撃してくるんですが、

ある日、
病院の廊下で僕とすれ違ったんです。

そしたら、
そのおばちゃんはニコニコして

「良かった!やっと人間に出会えた」
と言うんです。

僕以外の人は
キーキー騒ぐ猿に見えるらしく、

それで傘を振り回して
自分を守っていたらしいんですよ。

そのおばちゃんも自宅で暮らせるまでになり、
その大好きな商店街の中に部屋を借りて

一人暮らしをするようになりました。』

私はこの話を
とても興味深く聞いた。

もしかして、
精神障がい者は、

このおばちゃんじゃあなくて、
私たちの方じゃあないのかな?

と、
思ったのだ。

亀海さんはとても心が綺麗な方と
お見受けした。

このおばちゃんには
それがわかったのだ。

と言うか、
このおばちゃんには

人間の本心を
見抜く力があり過ぎて、

他の人が
キーキー言う猿に

見えたのではないだろうか。
なんだかそんな気がした。

昔、看護婦時代、
精神科の先生に聞いたことがある。

『あの患者さんは精神病なのですか?
私には性格のように思います。

どこからが病気で
どこからが性格なのですか?』と。

先生は、

『病気か、障がいかは、
社会が決めるのです。

社会に壁がなければ、
病気にも障がいにもならず、

思想だって
病気や障がいと言われることが

ありますよ。』
と仰った。

その時初めて
障がいは社会側にあるのだと知った。

精神障がい者と言われる方々は
その典型のような気がした。

亀海さんのインタビュー本番は
12月だが、

話が色々ありすぎて
3回くらいに分ける予定だ。

なんとなく
亀海さんと私は

深い縁で結ばれている気がすると
勝手に思っている。

↑フレンズヤギ
TTMゆいの中野むつみでした。

恋と結婚

TTMゆいの中野むつみです。

近頃
自分は風来坊なのかなと

思うことが多い。
寅さんみたいに、

一つところに
数日しかいられない。

と言うことはないけれど、
家にじっとはして入れず、

あっちに行ったり
の繰り返しだ。

ただ
住処を変えようとは思わない。

札幌で充分です。
なんて言ったら怒られるか。

札幌の南区は
山がいっぱいで自然に溢れているのに、

真駒内には
大きなアイスアリーナもあり、

交通の弁も
そう悪くない。

私が住んでいるところは川沿と言い、
すすきのからタクシーで

3000円くらいか。
深夜料金になるとぐんと上がるから、

まあ今住んでいるところが
南の限界かとは思っているが。

でも、
今、初めて、

転居しても良いかも!
と思うとこが現れた。

旭川だ。
今朝も旭川で目が覚めた。

東向きの部屋だったので
雲の隙間からお日様が見えた。

遠くに大雪山系が
見える。

いつもよりは暖かい今年だけど、
山々には雪が見えた。

やっぱり
札幌より寒いのだなあ

と、思った。
今回の出張はインタビューの仕事で、

今日お会いするのは
初めての方だ。

美瑛の佐々木良榮さんの
ご紹介だ。

ありがたい。

私が旭川を好きになったのは、
別の仕事で全道を歩くようになってからだが、

冬の寒さは
キーン!という冷たさだけど、

風がないので
冷たい空気が肺の中を洗ってくれるようで

意外に耐えられる。
夏の暑さは、

元々大好きだし、
旭川は湿気が札幌よりも少ない気がして

これまた耐えられる。
ほどほどに街だし、

札幌にも
東京にも

すぐ行ける。
すみやすいとこだと思う。

ちなみに
私は10年間小樽のまちづくりに関わってきたが、

不思議に住みたいと
思ったことが一度もない。

うーん
別格なのだと思う。

ほら、
ものすごく惹かれる男だけれど、

けして
結婚しようとは思わない人。

みたいな感じだろうか。

これから私が向かうのは
比布だ。

大昔
ピップエレキバンの宣伝で

有名になったトコ。
旭川からJRで20分くらいで着く。

8時7分の電車は
8時になった途端混み合ってきた。

と言っても、
一両の電車の席が半分埋まる程度だが。

なんだかこれもわるくない。

新聞を広げるおじさま、
雑誌を見る背広の男性、

携帯を動かす女の子、
文庫本を読む人、

静かだけれど
暗くない。

そう
旭川は暗くない。

私が住みたい地域は
多分、

山が見えて
明るくて

風がなくて
少し都会的。

もちろん、
空気は澄んでいる。

そんなところなのだなあ。

なのに何故小樽に惹かれる?
それはやっぱり恋と一緒なのだと思う。


結婚したい人と恋する人は違うと聞くと、

そんなことはない!
と思ったけれど、

やっぱり
違うのかな

なんて思った。

TTMゆいの中野むつみでした。

新体験!

TTMゆいの中野むつみです。

人の性格は色々だけど、
なんでもしっかり考えて計画的に進む人と、

ちゃっちゃと決めて
動いてから考える人がいると、

ホンマでっか?で、言っていたが、
私は明らかに、

行動してから考える派だ。
あれは10月の3日だった。

小樽の旧寿原邸で
着物を着付けて貰いましょう!の

イベントが行われ、
札幌きもの学院の遠藤院長が

来てくださったのだが、
その時、遠藤先生から、

『中野さん、
31日に認定式祝賀会があるんです。

着物ショーに出てみませんか?』と、
お誘いを受けた。

はて、
認定祝賀会ってなんだろう?

はて、
着物ショーってなんだろう?

と思ったが、
そういえばなんだか毎年

パーティーをすると聞いた気がする。
まあいいか。

で、
『はい!でます!』

と、
返事をしたが、

日が近づくと、
『リハーサルに出られますか?』

と、連絡があった。
リハーサル?

なにそれ?
ただ着物を着て舞台に立つだけでしょ?

と思ったが、
運悪く日程が合わず、

本番前、
早めにいくことにした。

ただ
一張羅の白大島紬に

一張羅の大島紬の帯を締めるので、
ヘアーとメイクは

会場でプロにお願いをした。
で、

当日、
ホテルロイトンに着くと

なんじゃあこりゃあ!
の盛大さ!

『コロナなので
例年の半分にしたんですよ!』と

遠藤院長は仰った。
こりゃあまずい気がする。

と、
思った感は的中し、

着物ショーはお弟子さんたちが
これまた一張羅を着て

音楽に合わせて舞台に上がり
スポットライトも当たる。

要は、
着物のファッションショーだ。

ガーン!
おまけに私は一人で歩くらしい。

あー
無理してもリハーサルに行くんだった。

と、後悔しても遅し。
やるっきゃない!

私は本番に強い!
と、言い聞かせていざ本番!

いやああ
心臓が口から出そうだった。

舞台に上がって
話をするのは大丈夫だが、

モデルなんてしたことないし
あれ、腰が痛い。

おいどうした?
足が絡むぞ!

ゆっくり歩かないと
音楽が余る!

と頭の中はぐちゃぐちゃだけど、
どうにか自分の番は終了した。

よし!
あとは観客になるぞ!

と、
客席側に入ると、

舞台では
三味線の小福姐さんが

芸者さんの紹介を
弾き語りで行っていた。

さっぽろ名妓連の方々だ。

本物の芸者さんを間近で見るのは
初めてだが、

めちゃくちゃ美しい!
踊りが始まると、


なんと言うことでしょう!
その気品ある色気に

同性の私でも
心が奪われる。

こりゃあ
男性ならイチコロだわ。

と、思っていたら、
小福さんが三味線に合わせて

解説をしてくれた。
芸者さんの左妻を持つ姿は、

芸は売っても
体は売りませんよ。

と言う
心意気なのだそうだ。

なるほどねえ。

日本舞踊は
体幹がよほどしっかりしないと

美しく踊れない。
体幹って、

心の芯でもあるもんね。

なにも考えずに行った着物ショー
モデルの体験も楽し恥ずかしだったけれど

本物の芸者さんたちに
触れ合えたのも最高の経験だった。

考えるより動く!
良かった!良かった!

TTMゆいの中野むつみでした。

滝の意味するものは?

TTMゆい中野むつみです。

色々あって
心も体調もイマイチだった先月。

鍼灸師の稲富先生に言われたことが、
『中野さん、滝を見たら良いですよ』

だった。
滝のマイナスイオンがどうのこうの、

ではないと思った。
多分、水が流れるエネルギーに

特別な意味があるのだろうと
思ったが、

滝をそう簡単に見ることは
できない。

と、
思っていたが、

その直後に出かけた福井で
偶然、その滝に出会うことができた。

それは、
朝倉遺跡を見た後だった。

案内してくださった奥村繁子さんが、
『近くに良いところがあるの。

佐々木小次郎が修行をしたところよ』
と、仰った。

佐々木小次郎は
私でも知っているが、

『佐々木小次郎って
福井の人だったんですか?』

という水準。
それも、

剣者には興味がないから、
まあ見ておくか。

くらいの気持ちで行ったのだが、
まず、綺麗な小川が二本流れており、

その音に惹かれて、
橋を渡り、

顔をあげたら、
突然、滝が見えた!

『すごい!すごいよ!千洋ちゃん!』

思わず一緒に行った遊プランの
千洋社長とそのお母さんに向かって叫んだ。

突然の私の大声に
キョトンとしながら

私の指さした方向に目をやった千洋社長も
すごい!と、

声を上げた。
何がすごいって

そこは山の中ではなく
道路からすぐのところで、

どうしてここにこんな滝?!
みたいな感じだった。

思わず滝に近寄り
『写真を撮って!』を連発し、

滝を背に
パシャパシャパシャ!

滝の細かい飛沫が
霧の様になってキラキラ光っていた。

稲富先生が言っていた滝だ。
なんだか良いことが

いっぱい起こりそうな気がした。
3人で興奮して写真を撮り、

車に戻ると
奥村さんが言った。

『あの滝をツバメが
縫うようにして飛ぶのを見て、

小次郎は燕返しを思いついたそうよ。』

急に佐々木小次郎が
身近な人になった。

清々しい滝だった。
空が広くて明るいので、

滝で
心が洗われる感じがいっそうした。

『ここは、福井マニアック歴史旅に
絶対入れようね!』

千洋社長と意見が一致した。

稲富先生に
滝を見てくださいと言われたけど、

それは難しいと思ったけれど、
見ることができた。

ただ、
見たからと言って急に良いことが

降って来たわけではなかった。
でも、

マニアック福井旅の下見旅は
大成功で、

次から次に案が浮かび、
千洋社長の頭の中は

いい具合に
プランが出来上がっていった。

福井は山と水の国だ。
福井自体が標高が高いのだろうか。

すぐそこに山があり
豊富な水があちこちから流れてくる。

ふと
水って何者だろう?

と、
思った。

山の岩場から水が流れ落ちる滝。
ただそれだけなのに、

見ていると
心の沈殿物が流れていく。

これが福井の本当の宝何かも
知れないと思った。

TTMゆいの中野むつみでした。

福井マニアック旅企画旅その一

TTMゆいの中野むつみです。

不思議だなあ。
私の感性は昔から鋭かった!

と、自負していたが、
どうもそれは間違いだったと

思い知らされた福井の旅。
今回の旅は、

春に行われる
遊プラン特別企画

【福井マニアック歴史旅】の
下見だったのだが、

『それは永平寺は抜かせないでしょ!』
で、

遊プラン千洋社長、
と、千洋社長のお母さん、

と私の旅二日目最初は、

永平寺から始まった。


今回の旅の案内人奥村繁子さんからは、

『永平寺に入ると
大きなすりこぎがあります。

それは、
身が擦り切れるほど

人のために尽くしなさい。
と言う教えです。』と、

説明を受けていた。
今回は企画を練るための

超早歩きツアーだから
それだけを聞いて

3人は山門を潜ったら、
きゃは!なんと言うところ!

心も体も清められて
涙が出そう。

前々日に訪れた富士山浅間神社とは
また違った山の空気だ。

明るい感じがした。
樹木の種類も違うのかもしれないが、

山の空気感も違うのだろう。
私たち女性三人は、

大人らしい歓声のあげ方で
お寺の中に入る。

がしかし、
その階段はすごかった。

若い修行僧が
草履のサンダルバージョンみたいなのを履いて、

さささ!と
階段を上がり登りをしていたが、

いやはや
階段ってすごい。

足の疲れが半端ない。
千洋社長お母さんと私は

歳の差4歳だが
彼女の方が私より

遥かに足腰丈夫だ。
それにしても、

登りはきつかった。
降りは、

お婆さん降りの方が
体には良いらしいですよ!

なんて千洋社長のお母さんに言われ、
ポツンポツンと降りる。

その下りの途中、
御目当てのすりこぎ棒が

ぶら下がっていた。
大きなすりこぎは

参拝者に撫でられて
ツルツルになっていた。

で、
そこに来て思い出した。

私は40代中頃
会社の社員旅行で永平寺に来たことがあり、

その時、

『このすりこぎを撫でたら
料理が上手になる』と会社の先輩に言われ、

撫でたついでに
お土産にすりこぎを買ったのだ。

なんと言うデマ。
で、

思ったのだ。
何故に40代の時、

私は永平寺に感動を
しなかったのだろうかと。

確かに
階段をたくさん登ったことと

すりこぎを撫でたことは
覚えているが、

どうしてだ!

だから、
永平寺はツアーの選べるオプションに

しようと思っていたのだ。
でも千洋社長に、

『皆さん、永平寺は見たいでしょ?』
と言われて、

そうお?と、
下見に来たが、

若い千洋社長も
感嘆の声をあげるほどのところだった。

この素晴らしさを
感じなかった私って何?

で、
ツアー本番も、

二日目最初の行程に
永平寺は入りそうだ。

早朝の清々しい空気を
肺いっぱい吸って欲しい。

ちなみに
永平寺にはエレベーターが密かにあり

一定のところまでは
車椅子でも杖の方でも

行けまするぞ!

福井マニアック旅は
来春発売予定!乞うご期待!

TTMゆいの中野むつみでした。

マニアック旅企画下見薪能編

TTMゆいの中野むつみです。

今月の16日から19日まで
マニアックツアー下見旅に行ってきた。

相棒は、
旅のプロ、遊プランの千洋社長と、

千洋社長のお母さん。
女性三人旅だけれど、

マニアックツアーは
歴史好きの男女に人気が出そうな行程だ。

で、
まずは、

夏に開催予定だった富士山浅間神社の
薪能!

三人とも初能だ。
さてさてどんな感じかしら?

と、浅間神社を目指したら、
そこは、

おおおおお!と、
思わず声が出るような雰囲気。

なんというのか
畏れ多い神々が人間を見ているというか

私なんかが足を
踏み入れては行けないのでは?

と、
感じちゃうようなところで、

その御神木の大きさに
思わず息を呑む感じ。

こんな神聖なところで模様される薪能は
観る前から素晴らしさが予想され、

ドキドキした。
なんでもこちらの薪能は

昭和47年から地元の人たちの願いで
始まったと聞いた。

観客は全国から来ていたが
地元の人たちも多くて

看護学校の学生たちや
小学生、幼児もいた。

子どもの頃から
薪能を観る環境にあるなんて、

なんと贅沢な事だろうか。
周りが暗くなる頃、

薪に火が灯された。

能舞台が照らされ
謡と舞が始まる。

鼓も笛もよく響き
舞は本当にゆっくりで

これが本来の日本人の
動きなのかなあと思う。

富士山の麓
高さ80メートルも

あろうかと思われる杉に囲まれて
全てが現実ではないような

不思議な感覚に襲われる。
なんという贅沢な経験だろうか。

能が終わり
私たち三人は静かな興奮の中にいた。

これは飲まずにはいられない。
ホテルに戻り、

お酒が飲めるところは?
と探した。

すでにお酒は解禁だから
二軒目で入ることができた。

静かな小料理屋という感じか。
千洋社長のお母さんとは初対面だけど、

羽田からここまでは
車の中でおしゃべりしたので

仲良しになった。
歳も近いしね。

薪能は素晴らしかったが
時期が時期だけに体が冷えた。

熱燗が美味しかった。
そして翌日は、

すぐ近くにある忍野八海と言う世界遺産を
見に行った。

富士山の大昔の水が
湧き出ているところだ。

普通に住宅が建っており
その中に池がある。

8つを見る時間はないので
その中の近場を2つ見た。

なんと綺麗な水!
8メートルの深さの池は

なんだか引き込まれそうで怖い。
が、ここはなかなか良いぞ!

これで薪能プランが
一つできた。

普通なら夏にある薪能、
忍野八海巡りと合わせたら

一泊二日で可能だと
千洋社長が言った。

北海道では中々観られないお能を
薪能で鑑賞し、

富士山の霊力を頂き
富士山の水で心を清める旅。

いかがだろうか?
詳細は来年の春には発表!

乞うご期待である。

TTMゆいの中野むつみでした。

小学生と一緒に修学旅行?

TTMゆいの中野むつみです。

旭川の定宿扇松園で
小学校の修学旅行と一緒になった。

こちらのお宿は大きくないから、
修学旅行で貸切のところを

私がちょろっとお邪魔した感じだ。

津別の小学校ということで
本当にお客様は

小学生と先生方、
そしてカメラマンの女性だけ。

翌日の退館式の時、
子どもたちの人数を数えたら

30人くらいだったが
コロナのせいか

大型バスが2台だった。

私には孫が8人いて、
3番孫と4番孫は

中学校一年生だ。
去年、修学旅行だったけれど、

宿泊は出来なかった気がする。
なんだか孫に囲まれたようで

嬉しかった。
面白かったのは、

男の子はまだ子どもっぽくて
旅館の中を行ったり来たり、

興奮をそのまま表現していたが、
女の子たちは大人びて、

ちょっとすまして歩いていたこと。
小6では、女の子の方が

大人なんだなあ。
それでもみんな、

旭川の旅館に泊まっていることに
興奮しているようだった。

扇松園は
廊下の壁に絵が飾ってあるような

趣ある日本旅館だ。
子どもたちは何を感じたのだろうか。


私が泊まった部屋には
生花が飾ってあったけれど、

子供たちの部屋は
どうだったのだろうか。

と、余計なことが気にかかる。
で、

朝、庭の写真を撮ろうと思い、
外に出たら、

修学旅行の女性カメラマンが
立っていた。

おお!
これはチャンス!

『すみません、
シャッターを押して頂けませんか?』

と頼んだら、
いいですよ!

快く引き受けて貰った。

では!
と、一枚っ撮って、

『もっと笑って!
目を大きく開けて!』

と、カメラマンから声がかかる。
本職だから妥協はない。

で、
出来上がったのが

こちらの写真。
おお!目が大きくなっている?

撮り終わったところで
子どもたちが出てきた。

今日はイオン見学らしい。
駅前のイオンだろうか。

子どもたちが整列し
退館式が始まった。

扇松園の高橋宏典支配人が
挨拶をした。

子どもたちにもわかりやすく、
そして、

子供たちに敬意を払い、
お礼を伝えていた。

子どもたちも一生懸命
聞いていた。

大人扱いされて
嬉しいだろうなあ。

と、思いながら
玄関で私はその退館式を

見ていたが、
よく考えたら、

どこかのおばさんが見ているわけで、
小学校の先生方は

変な人だと
思ったに違いない。

やっと日常が戻りかけている。
遠足も運動会も修学旅行も

毎回、
できるかな?と、

不安になりながら
当日を迎えた子供たち。

津別は林業の町だ。
森の中に町がある。

そんな自然の中で育った子供たちが
旭川を見て何を感じたのだろうか。

大雪山系が当たり前の上川地方。
宝物の中に都市があることも

感じてくれたら良いなあ
と、思った。

TTMゆいの中野むつみでした。

ご縁と勢いでここまで来ましたよー

TTMゆいの中野むつみです。

縁って不思議。
インタビュアーを始めて、

実質一年ちょいで
YouTubeにアップしたのはのべ31人。

本番は終わったけれど
アップができていませーん!が

お二人。
よく皆さん、

インタビューを受けてくださったと思う。
ありがたい。

その方達は
昔からの友人もいれば、

友人のご紹介で
受けてくださった方もいる。

殆どが
私のなんというのかなあ、

その時の心の動きで、
お願いします!だったのに、

本当にありがたい。
先日、事前のインタビューをさせて頂いたのは、

本当に初対面の方だった。
9月14日旭川の畠山さんのインタビューの日、

訳あって、
急にお花が要り用になった。

畠山さんは、
知り合いのとこに行きましょう!

と、連れて行ってくださったのだが、
フラジールという花屋さんだった。

店主は林田さんという女性だ。

急なことだったのに、
彼女は手際良く二つのアレジメントを

作ってくれた。
それは素敵なアレジメントだった。

私は林田さんの手捌きを見ているうちに、
この方のインタビューをしてみたい!

と、急に思った。
私のことは畠山さんが紹介してくれた。

そーしたら、
運良くというのか

花屋のホームページを
新しくしたばかりだから、

『インタビュー、お願いします!』
と、なった。

そして、
一昨日、事前のインタビューを

させて貰ったのだが、
いやあ、面白かった。

内容は本番を見て頂くとして、
その面白い背景に、

お店として借りている建物が
あった。

戦前に建てられていて
築100年以上経っている。

フラジールが入るまで
誰が借りても長続きせず

いわゆる
商売の場所としては

縁起が悪いと評判で
彼女もここは借りたくないと

思っていたそうだが、
成り行きで

ここしか借りられなくなり、
彼女は、

よし、
昔の所有者のおじいちゃんに挨拶しよう!

と思い、
建物に向かって、

よろしくいねがいします!
と、大きな声でお願いをしたそうだ。

その彼女の思いが伝わったのか
フラジールは開店して10年を超えた。

外観も間取りもそのまま。
外壁は塗装はしているけれど

材は触っていない。
内部にある急な階段もそのまま。

明るいグリーンに塗って
絵を描いたのは彼女だ。


一階の店舗の設計も彼女がしたそうだ。
ただし、

図面は書けないから、
床に、

『こっからここまでは冷蔵室、
ここがカウンターでここが棚』

と、チョークで書き、
友人の建築士がそれを図面にしたのだとか。

壁は珪藻土にして
色はペイントを自分で混ぜて

好きな色を作ったそうだ。
残念ながら私の写真の腕では

店内を映せなかったので
本番をお楽しみに!

さて、
今日、明日と本番は続く。

皆さんがご縁を繋いでくださったことに
感謝して、

いざ!である。

TTMゆいの中野むつみでした。