金は天下の回り物?

TTMゆいの中野むつみです。

人生は面白いなあ。
と、

近頃とみに
思います。

まだ若い頃、
私は自分の将来像が全くなかった。

あ、いえ、
教師になりたいとかは、

ありましたよ。
でも、それほど強い願望でも無く、

ただ、
経済力を持たなければ

幸福にはなれない。
と、思っていました。

逆にいうと、
女性の幸せは、

経済力によって実現できると。
もちろん、

経済力のみではありませんが、
最低条件だったわけです。

だから、
失恋で放心状態になり、

勉強を放棄し、
気がつけば、

教育大学なんて無理!
になり、

看護婦になったわけですが、
別に看護婦という職業が、

好きだったわけでは
ないのですよ。

ただ、
看護婦だと

経済的に自立できそう。
資格は強い。

程度の動機です。
だいいち、

看護婦さんって何するの?
みたいな感じで、

その意味もわからない。
でも、

受けたい学校も決まらず、
悩んでいた時、

偶然、
病院に行き、

その病院は
看護婦さん同士が、

仲が良かったんですね。
それを見て、

こんな職場だったら
良いかも!

で、看護婦になったのです。
結果的には、

看護に燃える看護婦に
なりました。

でも、
色々あってやめて、

父の会社に手伝いとして
入社して、

気がつくと
すでに20年以上たっていました。

全く違う人生を
歩んでいました。

そして、
想像もしていなかった日々の中で、

ひっちゃかめっちゃかでしたが、
気がつくと、

私の労働観が
変わっていました。

いえ、
女性の経済力の意味が

変わっていたのです。

私、思うんですよ。
経済力、自分で労働して、

お金を稼ぐのは、
楽しい。

でも、
お金を稼ぐことを

自立の最低条件に
することはおかしいと。

私の理想は、
労働の楽しさ、やりがいを、

みーんなが
感じることができること。

だって、
世界は誰かの仕事でできている!

じゃあないですか。
BOSSの宣伝文句ですが。

だから、
労働するって楽しいはず。

でも、
労働ができない人でも、

働けないことを
辛いと思わなくても良い世界。

働いていないことを
引け目に思わなくて良い世界。

うまく言えないけれど、
それが人間として尊重し合う一歩、

のような気がしているのです。

実際は、
女性でも高齢者でも、

障がい者でも、
経済力がないと

肩身が狭い。
感じが拭えないと

思うのですよ。
それがない世界がいいなあ。

と。
きっと、

本当に人間として平等対等なら、
私、稼ぐ人、あなた、使う人。

で、
何にも問題がないもの。

あら、
なんで今日はこんなこと、

書こうと思ったのかしら。

金は天下の回り物!

なんとなく
そう思った今日でした。

TTMゆいの中野むつみでした。